性欲から自己実現まで「小説家になろう」作品の魅力をマズローの5段階欲求説で解説してみた。

 アニメ化してちょっと話題になった『真の仲間じゃないと勇者のパーティーを追い出されたので、辺境でスローライフすることにしました』(タイトル長いよ……)の漫画版を読んだ。

 アニメのほうも悪い作品ではないが、個人的にはマンガのほうがいくらかクオリティが高いように感じる。

 主人公が仲間たちのあいだから追放され、その後ようやく主人公の価値がわかるという、いわゆる「追放系」のストーリーでなかなか面白い。

 やはり群雄割拠というか百鬼夜行の「小説家になろう」で目立ってアニメにまでなる作品はそれなりに出来が良いことが多いのだろう。とにかくとても楽しく読ませてもらっている。

 で、この作品を読んでいてあらためて思ったのが「小説家になろう」の掲載作品、いわゆる「なろう小説」の個々の作品の性格はマズローの「5段階欲求説」で説明ができそうだということだ。

 心理学者マズローが創案した「5段階欲求」の理論はきわめて有名なので、ご存じの方も多いだろう。

 人間の欲求は、下から「生理的欲求」、「安全の欲求」、「社会的欲求」、「承認欲求」、「自己実現欲求」の5段階で構成されるピラミッド状になっており、下の欲求が満たされることによって初めて上の欲求が生まれるという話だ。

 ある種、たしかめようもない仮説ではあるのだが、非常にわかりやすく面白いので巷間に流布している。

 で、この5段階欲求のそれぞれが「なろう小説」の性格を表すときに役に立つかもしれないと思い立ったわけだ。

 あるいはエンターテインメント作品全般がそうなのかもしれないが、そのなかでも特に「なろう小説」は願望充足がキモである。

 過去のライトノベル以上にいかに読者の願望(欲求)を満たし、気持ちよくなってもらうかに特化しているのが「なろう小説」だといって良いだろう。

 「感情を満たすためのポルノ」などと呼ばれることもあるし、その評価は一概に間違えているとはいえないが、とにかく文字だけでいかにインスタントにカタルシスを生み出せるかを考え抜いたのが「なろう小説」だというわけだ。

 そして、最初期のなろう小説で多かったのが、「生理的欲求」を満たすことをめざす作品だった。

 つまり、エロ系統である。いまでもまだあるだろうが、初期なろうには「奴隷ハーレム」などといったまさに身も蓋もない「生理的欲求」の充足を考えた作品が数多かった。

 まあ、エロが純粋に「生理的欲求」だけを満たそうとするものとはいえないだろうが、ここはその疑問は都合よく忘れて話を進めよう。

 つまり、なろう小説は「生理的欲求」を満たすという最もわかりやすく、ストレートかつインスタントな願望充足からスタートしているといって良いのではないかと思うのだ。

 そこから、徐々に「5段階の欲求」を登っていったといえるなら話がスムーズなのだが、さすがにそこまではいえないだろう。

 ただ、その後も「5段階の欲求」のどれかを満たそうとする作品は次々と出てきたように思うのである。

 たとえば、下から2番めの「安全の欲求」を満たす作品、これはつまりサバイバルものだ。

 「なろう」には昔からサバイバルものの佳作、良作が少なくない。最近だと、厳密には違っているかもしれないが『俺にはこの暗がりが心地よかった』などが注目を集めている。

 この種の「安全の欲求」を求める作品はスリリングな読み心地がある。だが、サバイバルものは「危険」を描くことで「安全」の魅力を描出している形であるわけで、少し話がずれている気がする。

 よりストレートに「安全の欲求」を象徴しているのは、たとえばいわゆるスローライフものであるかもしれない。完全に「安全な世界」を舞台にした物語というわけだ。

 ただ、これは少々こじつけめいていることは否めない。

そもそも「安全の欲求」は読者の多くがすでに満たしているものであるわけで、わざわざ小説のなかでファンタジーを使ってまで充足しようとするものではないともいえそうだ。

 それでは、下から3番目の「社会的欲求」はどうか。

 これは主人公が異世界に転生し、あるいは召喚され、チートを使って栄達していくタイプの作品全般があてはまるのではないだろうか。王様になりたいとか、英雄になりたいといった「社会的欲求」を充足させるところにその魅力はあるわけである。

 こういった作品は「なろう」には膨大にあるだろう。たとえば『転生したらスライムだった件』などはその頂点といっても良さそうだ。

 そして、下から数えて4つ目、第2段階の欲求が「承認欲求」で、ズバリ、「追放系」はこの欲求を満たそうとしているものである。

 一般的な「追放系」の背景になっているものは、「主人公(自分?)の価値を認めてほしい」という承認欲求だ。自分がいかに大切で取り換えが効かない存在であるか、周囲に思い知らせてやるところにそのカタルシスがあるわけだ。

 現在、追放系のみならず「ざまぁ系」などと呼ばれる作品はかなりのところ「なろう」の主流を占めているようだが、それは承認欲求を満たすことが現実でかなり困難であり、それにもかかわらず現代社会ではそれなしには生きていけないほど重要な欲求であるからだろう。

 現実で充足できないからこそ虚構で満たすことに意味があるわけだ。

 現実で承認欲求を満たせない人間がフィクションのなかでそれを満足させるという構図はあまりかっこいいものではないかもしれないが、それをいい出したら「なろう小説」は始まらない。

 現在の「なろう小説」のメインストリームは、「生理的欲求」や「社会的欲求」ではなく、この「承認欲求」を満たすところに焦点があたっている。

 もちろん、「生理的欲求」などを満たしながらさらに「承認欲求」をも充足させるという形式であってもかまわないわけで、いくつもの次元でカタルシスの充足がある作品のほうがより好ましく、人気が出やすいともいえる。

 最後の第1段階の欲求は「自己実現の欲求」である。これはあまり高次の欲求であるからだろうか、「なろう」ではそれほど見かけない気がする。

 ただ、何にでも例外はあるもので、このレベルの欲求を正面から扱って素晴らしい出来となっている代表作としては、何といっても理不尽な孫の手『無職転生 -異世界行ったら本気だす-』が挙げられるだろう。

 この作品も現在、アニメ版が放送中で、それがまたほんとうにものすごいクオリティだったりするのだが、この作品が「なろう」で目立ったのは、「なろう」にはめずらしく高次の欲求を扱って、しかもそれを描き出すことに成功しているからだともいえるかもしれない。

 「安全の欲求」でも「承認欲求」でもなく、「自己実現の欲求」をテーマに描くことは、「なろう」においてはオリジナリティがあったのだ。

 じつはマズローは下から6番目、最上位の欲求として「自己超越の欲求」を考えていたらしいが、「なろう」ではこれをテーマにしたものはちょっと見たことがない。

 「なろう小説」はもっと直接に動物的欲求や社会的欲求を満たすところに面白みがあるのだから当然といえば当然だ。

 だが、いつかそういう作品も出てくるかもしれない。常に変わりゆく「なろう小説」がどのような方向に向かうのか、楽しみに待っているところである。

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